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鳥潟会館 :とりがたかいかん鳥潟会館の概要![]() <名称> 大館市立鳥潟会館 <沿革> 京都帝国大学名誉教授で日本外科学会会長をつとめた鳥潟隆三博士の生家です。また、無線電話機を発明し世界の通信発展に偉大な貢献をした鳥潟右一博士や、明治時代にすぐれた奇術や軽業興業によってヨーロッパで名声を博した鳥潟小三吉が幼年期を過ごした家でもあります。 鳥潟家は400年余りの歴史をもつ旧家で、建物は昭和11年(1936)から約5年の歳月を要して延べ1,000人を超える京都の大工・左官等の手によって、その一部の補修と増築をしたものです。 また、庭造りには京都から造園師を招き、庭石に鞍馬石を使うなど、京風の情緒豊かな庭園として、建物と共に東北地方有数の文化遺産といわれています。 昭和26年(1951)に当時の花岡町に寄贈され、大館市との合併により市立「鳥潟会館」として一般の利用に開放しています。
![]() 明治11年(1878)、精一、静子の長男として同家に生まれる。鳥潟家は代々花岡村の肝煎(きもいり)を務めた旧家である。 隆三は大分中学校、第一高等学校、京都帝国大学医学部へと進み、明治37年(1904)に恩賜の銀時計を授与されて卒業した。 明治45年(1912)、スイスのベルン大学に留学「血清細菌学」を研究、帰国後、鳥潟免疫研究所並びに付属病院を創立する。大正11年(1922)京都帝国大学教授。「コクチゲン」を創製、同時に平圧開胸術を創案した。その後、日本外科学会会長に就任し、日本医学会の発展に貢献した。
![]() 明治16年(1883)花岡村根井下に生まれる。大分中学校から東京開成中学に転じ、第一高等学校、東京帝国大学電気工学科へと進み、首席で卒業、恩賜の銀時計を授与された。 明治39年(1906)逓信省技手、同42年(1909)に英・米に留学、帰国後、29歳でTYK式無線電話機を発明、大正2年(1913)鳥羽市で実用化され、同4年には東京〜上海間の無線通信に成功し世界に名を馳せた。 大正4年(1915)に33歳で工学博士、同9年(1920)に38歳で逓信省電気試験所長となってその活躍が大いに期待されたが、大正12年(1923)に41歳で夭逝、正三位勲二等瑞宝章に叙された。
![]() 天保13年(1842)に花岡村に生まれ、嘉永元年(1848)に江戸に出、のち大阪で軽業の修業、慶応2年(1866)同僚とヨーロッパに渡り各地を巡業する。ドイツを巡業中に司法官の娘フハンネエと結婚、明治9年(1876)に帰国、日本各地を興行し名声を得る。同15年(1882)に再び渡欧し国際的軽業師となり、ドイツ興行中にドイツ皇帝に招かれ妙技を披露、喝采を博し記念メダルを賜る。 明治23年(1890)に帰国して郷里花岡に当時としては珍しい洋館を建築して住む。明治42年(1909)に67歳で没。本名幸之助。 ![]() 表門 客石と乗越石には鞍馬石を敷いている。 屋敷内の踏石、沓脱石、池畔の船着石にも大きな鞍馬石があり、現在これだけの石は手に入りにくく、その点からも価値は高い。 ![]() 庭園 五稜池を中心に京風の洗練された地割り意匠・手法がなされていて東北地方の昭和期庭園としては特に優れている。 ![]() 資料庫内部 鳥潟家土蔵を改装した。隆三、右一、小三吉の三偉人の遺品や、近世花岡村の肝煎を勤めた鳥潟家に伝わる資料を展示。 見学及び利用のご案内●施設概要 ・大広間(和室4室、42畳) ・和室(17畳、11畳、8畳、6畳) ・その他(庭園、東屋、茶室、資料庫) ●時間 ・見学(無料)10:00〜17:00夏季(4月〜10月) 11:00〜16:00冬季(11月〜3月) ・利用(有料) 9:00〜22:00 ●休館日 ・毎週月曜日(月曜日が祝・休日の場合は翌日) ・年末年始(12月29日〜1月3日) ●申し込み ・大館市立鳥潟会館 0186(46)1009 ●交通 ・秋北バス バスターミナル → 花岡本郷下車 (約35分) 大館駅前 → 花岡本郷下車 (約20分) ・自家用車 鳥潟会館正面の駐車場をご利用ください。大型バスも駐車できます。 このページに関するお問い合わせ大館郷土博物館〒017-0012 秋田県大館市釈迦内字獅子ヶ森1番地 TEL:0186−48−2119 FAX:0186−48−2512 e-mail:kyodokn@city.odate.lg.jp |
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