おおだて探訪その② 錦神社・西木戸神社 ~奥州藤原氏終焉の地を訪ねる~

こんにちは!協力隊塩崎です!

「おおだて探訪」第2回は、二井田にあります「錦神社」と比内町五輪台にあります「西木戸神社」に行ってまいりました。

 

錦神社は、奥州藤原氏の四代目藤原の泰衡を祀った神社として知られています。

奥州藤原氏といえば、平泉を中心に東北地方一帯に勢力を張った豪族で、その統治範囲は、北は青森県外が濱、南は福島県白河関にまで及んでいたそうです。

初代清衡、二代基衡、三代秀衡のおよそ100年の間、栄華を誇った奥州藤原氏ですが、四代泰衡の代で源頼朝に攻められ、贄柵(現在の秋田県大館市)まで逃れたところを家臣の河田次郎の裏切りにあい、この地で最期を迎えました。

 

こちらは錦神社の看板です。「藤原泰衡 終焉の地」と書かれていますね。

 

ここからすぐ右に錦神社の鳥居が見えてきます。

 

もう少し進みますと、神社が見えてきます。左手にある松がいい感じです。

 

錦神社という名前の由来ですが、首をはねられた泰衡の遺体が、泰衡の着て来た「錦」の直垂に大事に包まれて埋葬されたお墓が、「にしき様」と呼ばれたことに由来しているそうです。

 

さて、写真だけだと伝わりづらいかなということで、試しに動画を撮影してみました。

最寄りのバス停「二井田入口」から、錦神社まで歩いたものです。

この日はとてもいい天気でした。もうすぐ春が来るな~

 

 

その足で比内町五輪台にある西木戸神社にも行ってまいりました。

西木戸神社は奥州藤原泰衡の夫人を祀っている神社です。

この夫人もまた平泉から逃れ、贄柵を目指す泰衡を追いかけましたが、現在西木戸神社のある場所までたどり着いたとき、その4日前に泰衡が家臣の裏切りにあい討たれたと聞かされ、この地で自害して果てました。

西木戸神社から泰衡が討たれたとされる贄柵までは、直線距離であと約3キロメートルほどでした。

 

ということで、西木戸神社入口です。奥に見える鳥居の後ろに神社があります。

 

こちらが西木戸神社です。決して大きな神社ではないですが、どこか威厳のようなものも感じます。

車も何もない時代、平泉からここまで歩いてきたのだと思うと、昔の人は本当にすごかったんだなと素直に思います。本当にあと少し早ければ最後に会えていたのかもしれないと思うと、寂しいですね。

 

ちなみに、場所は結構わかりづらいかと思います。

市民の森方面から広域農道を行き、この看板を目印に左折です。

 

 

ということで、今回は錦神社と西木戸神社に行ってまいりました。

2回続けて少し歴史よりなスポットに行ってみたので、次回はどこか違うテーマのものを探したいですね。

 

◆錦神社

 住所:秋田県大館市二井田上出向

 

◆西木戸神社
住所:大館市比内町八木橋字五輪台

 

それでは今回はここまでです!

ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました!

 

 

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2016年03月28日